思い出。Twitter→@yorozuya_gensan

2018/08/29 自分の器、カレー屋など

自分がもし間違った事や器に見合わない事をしていたら誰かに止めて欲しいという想いが昔からある。間違った事ってのは「お天道様に顔向けられるかどうか」みたいな基準で。間違った事や器に見合わない事をする時とはどんな時だと考えると、「不相応な金や地位などを掴みに行く時」がパッと浮かんだ。どちらも人並みちょい増し程度に欲しているが人並み外れてるほどではないと自分では思う。それよりも求めてるというか大切にしたいものもあるし。

器に見合わないとなると限界を超えてる或いは限界よりだいぶサボってる事になる。前者は自分ではあまりわからない。限界までやりきったと思える何かが思いつかない。まだ行ける!を繰り返してる気がする。「等身大で最大値」と時々思い直すこともあるがそれが出来ているかは分からない。後悔した/してない でしか見てない場合が殆どだ。だからこそ最近はパキパキを求めてる。必要な体験だと思う。

 

 

話は変わり、明日のお昼は高校の友達とカレー屋に行く。学生の頃によく通っていた思い出のカレー屋。そこの曖昧な外国人の店員達が面白くて、トーテムポールの様な優しい笑顔で接客してくれるホール担当のaさん、鬼のような形相でナンを叩きつけるキッチン担当のbさん、客少ないと本当に何もしないcさんのトリオにマジで曖昧な日本人のおばちゃんを加えたフォーマンセルでいつも迎えてくれていた。今もまだいるかは分からないけど、明日会えたら写真でも撮りたいな。